Coach Profile No.1 渡邉 高博(わたなべ たかひろ)

陸上400mで、学生時代に日本選手権優勝、アジア大会金メダルを獲得(4x400mリレー)。そして、日本学生記録を樹立するなどの実績をもつ。現在は明治大学競走部の中距離コーチを務める傍ら、子どもたちへ向けた「かけっこ教室」を開催。分かり易い理論と指導方法で定評がある、日本ランニング協会が推薦する指導者です。

いつもより少しだけ手間をかけるマンツーマン指導

普段、定週定時で「かけっこ教室」をやってるんです。そこでお客さんに「いつもよりしっかり目に見て欲しい」と言われることが多いんですよ。

何でもそうですが、陸上においても「今は手間をかけて見てもらいたい(あげたい)」というタイミングが出てきます。そのタイミングで、ほんの少しだけでいいので、いつもより余分に手間をかけてあげると、その後の成長が凄く楽になるんです。

ただ、マンツーマン指導それ自体はやりたくても、現実としてはなかなかやり難くて、クラス運営とは根本的に共存しにくいんですね。だから、僕個人としては、ドリームコーチングは良い仕組みだと思ってます。

マンツーマンを行う上で、人数、場所、天気の問題はありますか?

人数については、場所の制約もありますが、2〜3名であれば比較的容易に対応できると思っています。

そもそも走ることは、そこまでスペースを取りません。ただ欲を言うのであれば、周囲に誰もいない方がいいのは確かです。実は、有名な公園じゃなく、小さな公園なんかの方が、空いてるんです。例えば皇居周辺でも、少し歩いて外れに移動するだけで、ガラガラだったりするんですよ。

天気は…。僕もコーチの道で10年以上やってますが、天気だけは解決しない問題です(笑)。晴天でも雨天でも対応できる場所がベストですね。ただこれも、場所自体が混んでしまうとインフラが充分に活かせないので、空いている方がいいですね。

それに、お客さんがとてもウェルカムモードですね。実際に経験して分かりましたが、トレーニングの入り口からきちんと、親御さんにも話を聞いてもらえて、トレーニングしやすいと感じます。

学校指導でフォローされない子供にアプローチする

学校で指導を行うことがあるのですが、学校に行ったとしても「真ん中よりもやや下くらいのレベル」の子供をトレーニングのターゲットにせざるを得ないんです。だからそれ以外の場所では、学校でフォローできない子供をフォローしないといけないと思ってます。

もちろん、すごく運動能力の高い子供でも、逆に苦手な子供でも、きちんと聞く耳を持ってくれれば、学校での指導が成長の糧になることはあります。でも、なかなかそこまでの主体性を子供に求めるのもナンセンスですし、現実としてはハードルが高いんですよね。

子供の運動に適切な年齢はあるのでしょうか?

目的が「運動慣れ」であれば、一番良いのは未就学児童です。ただ、未就学児童の運動慣れは、実は「親の問題」なんですよ。

もう少し専門的な内容になると、小学校3〜4年生くらいでしょうか。この年齢は、課題意識を持てることと、能力の変化しやすさが、両方ありますから。もう少し大きくなって5〜6年生にもなると、だんだん癖が強くなってくるので、矯正はしにくくなってきます。あくまでも理想論ですけどね。

子供の運動能力は遺伝なのか、遺伝じゃないのか、どう考えていますか?

これは本当によく聞かれますね。安易な結論は出ないにせよ、僕としては「運動は遺伝ではない」と思ってもらった方がいいかなと考えています。

当たり前ですけど、運動能力は後天的にでも育っていきます。ただ、家での習慣や、ほんの些細な仕草も、全部含めて「遺伝のようなもの」なんです。ご両親として、そこに苦手意識をお持ちなのであれば、習慣や仕草を全部、まるっと含めて、早めに他人に移譲していくことも手だと思います。

僕にも子供がいますが、年少くらいから何らかの運動に長けた人に預ける機会を作っていくと、いいんじゃないかと。子供の運動能力が伸びないのは、親の習慣の問題でもありますからね。

文化やコミュニティとしてスポーツを大事に

スポーツ教育に対して、もちろん学校体育の影響力はすごく大きいです。そもそも海外では、体育自体が無いこともありますからね。例えば、インターナショナルスクールなんかに行くと、そういうことがあります。

だからかもしれませんが、海外、特にヨーロッパでは、スポーツが地域に根付いていますよ。例えばドイツでは、スポーツが文化として地域に根づき、コミュニティとしてスポーツがあります。

スポーツの基盤が文化やコミュニティであることの良いところは、長いスパンでものを見られることです。これは日本のスポーツに対する態度を見ればよく分かりますけど、日本はものすごい短期的な結果を求める傾向があります。

幼稚園でサッカー教室をするなら、幼稚園で勝つようにしないといけない。部活も同じで、部活で結果が出ないといけない。でも、身体ができていないうちに、勝ち負けを競っても、本当は意味がないんです。

だから海外を見渡せば、ジュニアではあまり頭角を現さないじゃないですか。日本はそのくらいの年齢で既に「成長を阻害しながらスポーツしている」ようなところがあります。だからジュニアは勝てる。ジュニアは勝てますが、長期的に見ると負けてしまうんです。

運動を生活の道具として、自然なものにしたい

僕が想い描いているのは「運動を運動の枠ににとどまらないように」ですね。旅行に行けば「食べる」し「観る」じゃないですか。そういったものと同様に、身体を介して様々なことを吸収する中で、運動というものが必要なんだと思っています。

運動の枠の中に限定されると、運動の価値というのは、実は小さいんです。だから、何かをするときに必ず運動が加わるような、生活にとって自然なものにしたい。

みんな、いつでもどこでも「ご飯を食べる」でしょう(笑)?そのくらいのスタンスで、運動を捉えて欲しいんです。天気が良ければ、景色が良ければ、五感を介して、何かを吸収したくなる。その「道具」として、スポーツを使ってもらいたいと思います。

競うだけじゃない、競うことにバックボーンを

僕が様々な人に出会う中で、スポーツをやり込んだ人、やり切った人は、こういう「力まない構え」に長けていると感じます。逆に、中途半端な人ほど、結果を求める傾向があるというのが、個人的な経験では言えることですね。

でも、結果だけしか見ない人からは「頑張れ」しか出てこないんですよ。もちろんスポーツですから、競います。でも「競う」ということの中に、どれくらいのバックボーンがあるか、その方が大事です。

だから、僕らも試されていると思いますし、一生スポーツと付き合っていこうと思えば、そうやって考えていくしかないんです。

現役選手にとってはどのようなメリットがありますか?

現役の選手に対しては「教える経験は競技者に対して有益」という点を伝えたいと思います。なので、相手を自分に置き換えて、やって欲しいですね。

自分で理解しているつもりでも、人に教えるのは難しいものです。だから、人に教えることができるようになると、競技への理解も一段と深まります。そうすると、自分にとってのトレーニング効果も増していく。

例を挙げると、以前、大学で指導している学生に、指導してもなかなか伝わらないことがあったんです。そこで、1回だけ子供の指導を経験してもらうことにしました。すると、これまで伝わらなかったことが一気に伝わるようになったんですよ。

もちろん、トレーニングの時間を削る必要はないと思いますが、一日の中で空く時間はあるはずです。そこで自身へのトレーニングの一環として(コーチ業を)やってくれると、教わるお客さんも、教える競技者も、Win-Winの関係になるんじゃないかと思います。

これからコーチになる人に向けてアドバイスをお願いします。

お客さんへのトレーニングは対価をもらいながら行うことなので、サービスを提供するマインドの醸成は必要です。アスリートには、体育会などでスポーツボランティアに参加した経験がある人も多いでしょうけど、それはそれ、これはこれです。

もちろん、アスリートは高度な競技スキルを持っています。でも、トレーニングを提供して対価をもらうことはスポーツである反面、サービスでもあります。なので、マインドもアスリートのままではなく、サービス提供者として置き換えるプロセスを経るといいかもしれません。

僕自身もそうでしたが、様々な経験を経て、人との付き合い方の妙なども経験して、プライドも程よく落ち着いて、失敗しながら成長していくんです。そんな意識を少しだけ、持っておいてもらえると良いかなと思います。

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